コンセプト&ステートメント

2020年春。新型コロナウイルスの感染拡大によって音楽や演劇などのライブエンターテイメントはピンチに追い込まれました。ライブハウスや劇場でのクラスターの発生がニュースで取り上げられると、次第に世間からの風当たりが強くなっていました。

ライブエンターテイメントはネットでの配信などオンラインへの切り替えを余儀なくされました。画面を挟むことによって「その日」「その時」「その場所で」「その人々で」といったライブ作品の唯一性からアウラが失われてしまったと感じることもありました。音楽や演劇は生で観るのと画面越しで観るのとではまるで感じ方が異なります。生の芸術は常に一期一会。同じ曲であっても同じパフォーマンスは二度とないのです。

しかし、中には画面越しやオンラインでしかできない表現を模索し表現を続けた人たちがいます。彼らの作品には「オンラインだからこそできる」「画面越しでないとできない」といったこれまでとは異なるアウラが感じられます。またオンライン化することにより展示的価値が生まれ地方在住の方でも気軽にライブに参加できたり、会場のキャパシティに縛られることなく多くの人が作品を楽しめるようになりました。

またインターネットを使うことでアーティストと観客との距離がかえって近くなったと感じるような作品もありました。アーティストも観客も自宅からインターネットを介して繋がる。ステージの上と客席という関係性からネット上の一個人というフラットな関係に変化していたように感じます。みんな家にいるけどみんなで同じ空間を共有しているような感覚はガブリエル・タルドの「肉体的には分離し、心理的に結合する個人」という言葉をほうふつとさせます。

さらに特徴的なのが無料公開されている作品の多さです。コロナ禍でやりたくてもできないことの多い中で「収益にならなくてもいいからとにかく作品を作りたい!」という思いが生まれ、資本主義的な芸術の商業化からの脱却に近い動きが見られたのではないでしょうか。さらに無料公開されている作品であっても「スーパーチャット」という投げ銭システムやオリジナルグッズを販売することで作品にお金を払うのではなくアーティストへの応援という気持ちを込めた金銭のやりとりが増えたように感じます。

今回の展示ではオンラインならではの芸術にスポットを当てました。これらは劇場やライブハウスが使えないときの妥協案ではなく、新たな芸術だと考えます。ライブハウスや劇場も制限付きで再開しつつありますが、コロナ禍で生まれた新しい芸術の形としてこの展覧会で記録を残せればと思います。

 

範宙遊泳「無音の旅」


範宙遊泳 むこう側の演劇 シリーズ旅の旅#1『無音の旅』

文字、色、影、映像などを舞台に投影する演出が特徴的な演劇集団「範宙遊泳」。「劇場を剥奪された演劇に演劇は可能か」という問いから生まれた作品の一つがこの「無音の旅」です。無音の中で色や文字が動く様は映像作品でもあり、朗読劇であり、演劇作品でもあり、ジャンルに分類しがたい作品になっています。

星野源「うちで踊ろう」

www.instagram.com

 

コロナ禍での文化表現として最もポピュラーなものとも言えるであろう、星野源の「うちで踊ろう」。この「うちで踊ろう」の「うち」はダブルミーニングになっています。一つは家で、おうちで、ステイホームでという意味での「うち」。もう一つは内と外の「うち」です。これは「Dancing On The Inside」という英題からも明らかです。スーパーの店員や医療従事者などうちにいたくてもいられない人たちには「おうち」にいようとは言えないので、その人たちも参加できるようにと「心の中=心のうち」で踊ろうという意味合いが込められています。英題が「Dancing At Home」ではなく「Dancing On The Inside」という点から二つ目の「心のうちで踊ろう」というのがより本質的なメッセージであると考えられます。

Instagramで本人が「誰か、この動画に楽器の伴奏やコーラスやダンスを重ねてくれないかな?」とコメントをつけて動画を投稿。すると瞬く間にアーティストを始めとする様々な人たちが「うちで踊ろう」をアレンジしたり、コラボした動画を投稿しました。これは自身の動画をフリー素材として配布することで展示的価値が生まれ多くの人が楽しめるようになったのだと考えられます。


星野源【うちで踊ろう】 村上基×STUTS×武嶋 聡


うちで踊ろう + September [EW&F]

その反響の多さから動画はTwitterにも投稿され、楽譜も公開されました。

 

 

人気が高まるに連れて「ネタ動画」と呼ばれるような音楽とは無関係の、ただ星野源の動画を利用しておもしろがるだけの動画も増えていきました。


ポケカで不正する星野源

 

これらの「ネタ動画」の発端と言える動画の制作者は「上下に分かれているという部分のみを模倣し、なんの共感性も生まない、ただただ下品な動画がたくさん出てきた」という理由で動画を削除しています。

 

「うちで踊ろう」の波は政界にも到達します。当時の安倍首相は星野源の動画を使った動画をTwitterに投稿。しかし様々な批判を呼びます。

 

 

一つは「#うちで踊ろう」をつけていない、星野源への言及がないこと。スレッドで補足はされていますが動画の載ったツイートの10分の1ほどのリツイート数で、動画の載ったツイートの拡散力には遠く及びません。

また「うちで踊ろう」の意図をくみ取れていない点も批判されました。「うちで踊ろう」は「『うちで踊ろう』を使ってこんなものを作ったんだけどどう?」という一緒に楽しいことがしたいという気持ちで広がっていきました。しかし安倍首相のツイートからはそれが感じられません。国民に対するメッセージの添え物として「うちで踊ろう」を利用したのです。

これに対して星野源は「僕自身にも所属事務所にも事前連絡や確認は、事後も含めて一切ありません」と回答。認めも拒絶もしなかったのです。ヨーロッパでは「アームズレングスの原則」などに見られるようにナチズムの反省から第一次世界大戦後、政府による文化政策への介入を拒絶する動きがありました。日本でも「音楽に政治を持ち込むな」と言われることも少なくありません。しかしヨーロッパと大きく異なるのはアーティストが政治について語ることすらタブー視されている点です。今回星野源が示したような「何も言わない」「どちらでもない」「あくまで中立」という考え方が日本における文化と政治との関係性を象徴しているように感じました。

米津玄師「感電」MV企画


404 NOT FOUND

 

 7月10日17時に米津玄師の公式YouTubeチャンネルに投稿された4分04秒間のこの動画。「404 NOT FOUND」と書かれた不気味な画面に時折羊の絵文字が表示されます。実はこの羊の絵文字はモールス信号になっており、解読すると「KANDENMV2300KOUKAIDESU(感電MV23:00公開です)」という文章が浮かび上がります。また同時間帯には米津玄師のYouTubeチャンネルのその他の動画のサムネイルもこの「404 NOT FOUND」になるという演出も施されました。

 

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404 NOT FOUND」公開時の米津玄師のYouTubeチャンネルの様子。(音楽ナタリーより引用 https://natalie.mu/music/gallery/news/402588/1473114


このあとにMVが公開された「感電」はドラマ『MIU404』(TBS系)の主題歌です。「404」という数字でドラマとの関係性も持たせていると考えられます。

 

なお、この企画は「ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS」メディアクリエイティブ部門のグランプリ・総務大臣賞を受賞しています。
natalie.mu

イキウメ「外の道WIP」

sotonomichi.jp

SFやオカルトを扱う作品を多く手掛ける劇団「イキウメ」。2020年5月から新作「外の道」が上演予定でしたが新型コロナウイルスの影響で全公演中止に。そんな中で彼らが始めたのが「外の道WIP」です。上演が叶わなかった作品をワーク・イン・プログレスという形で演劇の創作過程をネット上で公開しています。

台本、美術のイメージ資料、音楽のデモ音源、演出からのイメージの指示などが公開されており、演劇作品が出来上がっていく過程を見ることができます。稽古場の様子も見ることができるのですが俯瞰の映像や役者さんの視点から撮影された映像など、普段は見ることのできない角度から作品を鑑賞することができます。

WIPの中では「外の道」以前の作品についても扱われています。例えばイキウメの作品は「金輪町」という町が舞台になっていることが多いのですが、このWIPの一環として過去の作品の情報を重ね合わせた金輪町の地図を作成しています。

彼らは上演中止になってしまったとそこで立ち止まるのではなく「長い創作期間を得た」と捉え、遠回りをしながらも創作活動を続けています。

ジャルジャル「ハズレの先生にリモート授業される奴」


『ハズレの先生にリモート授業される奴』

 

この動画ではジャルジャルのネタサロン(ファンクラブ)の会員がエキストラとしてジャルジャルのコントに参加しています。このコントの元になったコントがこちらの「ハズレの先生が担任になった奴」です。860万回以上再生されており、このチャンネルの中では断トツの再生数を誇っている人気作です。


1億回記念!本気ネタ!『ハズレの先生が担任になった奴』【JARUJARUTOWER】

 

これを「Zoomでのオンライン授業」という設定に変換することで一般の方でも参加しやすくなっています。またジャルジャルの二人に話しかけられたり、個人名にちなんだセリフを言ってくれたり、ネタではおなじみのセリフを自分も言うことができたりと普段のお笑いライブではなかなかできない取り組みが行われました。こちらのリモート授業バージョンも200万回以上再生されています。

オンライン化によってアーティスト(芸人)とファンの距離が近くなった一例と言えると思います。

読んで楽しむ漫才 ~真空ジェシカ「買い物」~

note.com

劇場が使えずお笑いライブが開催できなくなってしまった中でお笑いライブの主催・企画・製作などを行っているスラッシュパイルがスタートさせた「読んで楽しむ漫才」という企画。中でもこの真空ジェシカの「買い物」というネタはまさに「読んで楽しむ漫才」。活字でしか表現できないおもしろさが存在することに気づかされます。文中に文字化けしている箇所があるのですが、解読すると意味のある言葉になっています。文字化けを解読すると意味は理解できるのに会話が成り立っていないおもしろさがあります。実はそのかみ合わなさだけでは終わらないオチがあるのですが、これは自分の目で確かめてください。下のツールにコピー&ペーストすると解読することができます。

tools.m-bsys.com

東京03リモート単独公演「隔たってるね。」


東京03リモート単独公演「隔たってるね。」

様々な芸人さんがリモートで収録したコントをYouTubeで公開していますが、Zoomの機能などオンラインならではのシステムをおもしろがる作品が多かった印象です。しかしこの作品では「オンライン会議」や「リモート飲み会」などコロナ禍で日常的になったシチュエーションのおもしろさに注目しています。コロナ禍ならではのシチュエーションコメディであるためこの形態(Zoomで撮影、自宅から生配信)が最適であり、決して劇場では再現できないおもしろさがあります。また「単独」と銘打っている通り前説、幕間VTR、オープニング曲やエンディング曲などもあり、まさに1本の単独ライブを観たという満足感を味わうことができます。